ロマンあふれる話が舞い込みました。

 万葉集の編集より300年以上も前に木簡に記されていた万葉歌が見つかったのです。

 時は西暦745年。奈良時代に聖武天皇が造営した柴香楽宮(しがらきのみや)跡(滋賀県甲賀市)から平成9年に出土した木簡の両面に記された2首は、905年編纂された『古今和歌集』の序文「仮名序」で紀貫之が和歌の手本だと紹介しているものです。

 11世紀半ばに書き写された現存最古の万葉集は「安積香山 影さへ見ゆる・・・」と平仮名まじりの漢字で記されています。

 これに対して、木簡は「阿佐可夜麻 加氣佐閇・・・」と漢字のみで記されていました。

(実際に木簡に残っていた文字は、阿佐可夜・・・・流夜真・・・の7字と、もう1首の奈迩波ツ尓・久夜己能波・・・由己母・・・の13字)

 木簡の2首を「ひらがな」で紹介し、その歌の意味を示せば次のとおりです。

<安積香山の歌>

 あさかやま かげさへみゆる やまのゐの
 あさきこころを わがおもはなくに

(安積香山の影までも見える澄んだ山の井のように浅い心をわたしは思っていないのです)


<難波津の歌>

 なにはつに さくやこのはな ふゆごもり
 いまははるべと さくやこのはな

(難波津に梅の花が咲いています。今こそ春が来たといって梅の花が咲いています)



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