04/22: 2008年記念講演を拝聴して
ICG関東支部
支部長 簾内俊幸

本日(4/5)ICG(国際コンサルタンツグループ)第33回定時総会後にリゾナーレ小淵沢「音楽の森ホール」にて記念講演が開催された。
(株)星野リゾート社長の星野佳路氏を講師にお招きし、『リゾート再生事業への挑戦』というテーマで講演していただいた。
星野氏はNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』に第1回目のゲストとして出演され、以後マスコミの取材にひっぱりだこの御仁である。
その人気経営者からリゾート再生事業の神髄について拝聴できるチャンスに感謝したい。
さて、これから星野氏が当日会場のスクリーンに映し出されたコンテンツを交えて、実際に語られた言葉を要約していくことにする。
<星野リゾートの歴史>
第1期(1904~1937) 軽井沢形成期
1887年アレキサンダー・クラフト・ショー宣教師が軽井沢に初めて別荘村を建設したのが、わが国でのリゾート開発の始まりであると説明された。
株式会社星野温泉(現星野リゾート)は1904年創業で、星野佳路氏は4代目の社長である。いろいろな著名人が軽井沢の地を訪れており、星野氏の祖父は内村鑑三氏の影響を受けている。
大正15年のことである。T型フォードで内村先生をお迎えしたときの社員の運転が少々乱暴だったことから、その日の夜祖父は内村先生から突然『成功の秘訣』を手渡されたそうである。
その第3条に「急ぐべからず。自動車の如きもの、なるべく徐行すべし」とある。
その頃から軽井沢高原教会での特別礼拝が行われるようになり、今では「星野遊学堂」で日曜日毎に礼拝が行われている。
第2期(1938~1951) 戦争と復興の時代
当時疎開していた人たちが軽井沢に別荘を持つに至った。
1978年に小野ヨーコ氏と撮った写真を披露し、星野氏が高校時代、自転車の前に子供を乗せて走っているジョンレノンを見たエピソードを語ってくれた。
第3期(1952~1975) 別荘文化全盛期
この頃から皇室の方々が別荘地として度々訪れるようになり、絶大なる広告宣伝効果があったことは言うまでもない。
第4期(1975~1991) 日帰り観光の盛衰/海外旅行時代
やがて軽井沢は一部の富裕層から一般大衆向けの日帰り観光地へと変貌を遂げていく。
氏曰く、「この時代、軽井沢を観光地として最も評価してくれたのは熊でしょう」
これは年間800万人もの観光客が落としていったゴミを漁りに月ノ輪熊が山から下りて来たことを意味し、これに呼応して猟友会のメンバーが熊を撃ちに続々集まって来たそうだ。
まず海外旅行に移行したのは富裕層で、ステータスとしての観光地に疑問を投げかけていた。
ところが、為替相場が1ドル360円の固定相場制から変動相場制に切り替わり、円高に成るに連れ人々が海外旅行にシフトしていったのだ。さらに直航便の登場で拍車がかかり、今ではハワイ旅行は30年前のパッケージ価格の10分の1ほどである。
日本の国内観光旅行は減少の一途を辿った。日本人が年間1700万人海外に出ているのに対し、外国人が日本に来るのは700万人に過ぎない。これが“日本の観光の貿易赤字”と言われる所以である。日本の観光が2流、3流と言われていることが歯がゆい。
OHPで「宿泊観光市場の推移」「日本人海外旅行者数の推移」のグラフから、日本の観光業の世界ランキングは32位という低き順位であることの説明があった。
5大観光国はフランス、スペイン、アメリカ、中国、イタリアである。
星野氏によると、観光大国の条件は①国・文化の知名度、②交通アクセス、③安全だそうだ。
「日本食」という日本を代表する文化は世界中に伝播している。交通アクセスも便利で、特に地方空港の充実は目覚ましい。そして日本は世界に比べて安全な国である。
このどれをとっても日本は上記5大観光国よりも勝っている。にもかかわらず、なぜ日本が32位なのだろう。氏はこの疑問をこう分析している。
第5期(1992~) 「リゾート運営会社への変革」
「観光宿泊・産業の課題」として、星野氏は先に掲げた日本の観光業の低順位について、次の2点を指摘された。
1.資金調達
リゾート事業を取り巻くDeveloper(開発)、Owner(所有)、Operator(運営)、Lender(貸し手)の関係図の説明である。Ownerには投資も含まれる。
今まで日本の観光業は、開発・所有・運営を1つの事業体でまかなっていたが、これからは“所有と運営の分離”をすべきであると主張されている。
従来、地方でのパターンは、地銀から土地を担保に借入れ、その範囲内でしか開発できないので、このままでは国際競争力には勝てない。
海外のリゾート開発の方法は、投資家から資金調達をすることが最優先される。担保力は全く関係なく、戦略的投資思考のみで投資家の興味を惹くことが成功の秘訣である。
星野氏は1991年に㈱星野リゾート社長に就任してから、ゴールドマン・サックスとの提携や共同会社「HGSマネジメント」設立と、次々とエネルギッシュに新たなリゾート運営の足固めをしていった。
星野リゾートのコンセプトは“リゾート運営の達人”であり、まさに「運営」に特化した戦略を打ち立てているのだ。
2.生産性
次に星野氏が指摘しているのは「生産性」である。
「第3次産業労働生産性 国別比較」で見ると、日本の生産性はアメリカの62%である。
なかでも日本の旅館業の生産性は特に低い。多くの労働投入量時間に対しわずか20%の生産性となっている。
星野氏が改革に踏み出そうとすると、必ず抵抗勢力が現れる。例えば星野氏自身に好感を持っている人でも外資(ゴールドマン・サックス)がバックに控えているしなあ・・・とか、旅館業の運営の仕方をいじろうとすると、いったい日本のホスピタリティを何と考えているんだ・・・などと批判されることも少なくない。
しかし、星野氏は怯むことなく独自の経営コンセプトを軸に「リゾート事業の再生」に邁進してきた。
日本の旅館業のベンチマーキング先を海外の宿泊施設に求めても、環境が違いすぎてあまり参考にならない。むしろ国内の製造業に目を向けるべきである、という氏の主張は興味深い。
製造業のノウハウの活用が旅館業の活性化に繋がるのである。
日産自動車は1950~60年代GMの1/20だった生産性を、現在世界のトップクラスの1/5まで高めたことを引き合いに出した。
氏は、生産性向上への取り組みを次のように実施している。
・コールセンターを沖縄に置き、星野グループの発注・連絡網を一極集中化した。
・フードプロダクションについても、衛生管理の徹底、仕入の一本化、仕込みの一括化など。
<リゾート運営のビジョン>
リゾートの達人になる仕組作りに余念がない。
海外のリゾートにあって日本のリゾートにないもの、それをいつも念頭におきつつ日本の温泉旅館の伝統を何とか活かせないかと星野氏は自問自答している。
星野や軽井沢は、開発・所有・運営を一手に行う従来リゾート型であるが、温泉旅館の改革を実行している。
・食事時間の自由化
・泊食分離(旅館で食事をしなくてもよい)
・24時間ルームサービス
・エネルギー対策(地熱暖房)
温泉旅館の人気理由は、①いい温泉、②魚がおいしい、③自然が豊か
しかし、これは全国すべてにあてはまるコンセプトなので、差別化にはならない。
といって、地方が東京をベンチマーキング(物まね)していると、地方の魅力を出せないことを氏は指摘している。
ここで、星野氏のユニークな発想が飛び出した。それは“通じない旅館”だ。
「青森弁しか使わない旅館にしよう。だってハワイではアロハしか言わないでしょ」
さすがに、これは社員からNGが出されたらしく、社長はそれを修正して「のれそれ青森」すなわち“もっと青森になろう”というコンセプトに変更した。
その他「じゃわめき広場」など、青森ねぶた祭りを毎晩挙行するといった地方色豊かな演出を考え実行しているのだ。
他の旅館と差別化するコンセプトのヒントは・・・
夏祭り・海の・方言・自然・山の・工芸・郷土料理・温泉・・・・とまだまだある。
そして、実際“所有と運営の分離”で成功を収めている事業の例として2005.11月ゴールドマン・サックッス共同提携の「古牧グランドホテル」などがある。
今や、こうした「所有と運営の分離」事業が、星野や軽井沢の売上・利益とも追い抜いている。
<リゾート再生事業>
巨大スキー場に新たなコンセプトで登場したのが、福島県の「アルツ磐
梯リゾート」である。
“Player Support”というコンセプトが「スクール」として具現化した。
“客は皆、上手くなりたいと思う”
・informationはトレーナー
・レンタルスキーはアドバイザー
・ボードができたらパークデビュー
・上達するための多彩なコース
・初心者には無料レッスン
・快適に過ごせる空間と食事
・競技指向者への本格的サポート
・地元のジュニアを幅広くサポート
・滑るたびに上達を実感できる仕組み
こうして、決められた「目標レベル」に達しない場合は、料金を全額返金するシステムも組み込んでいるのが驚きだ。
だからこそ、ただ大勢の前で紋切り型の説明をして歩合給(一度に多人数を集める方が効率的)を得るインストラクターたちの意識改革にも繋がるのである。
個人別に適確な指導をすることにより、うまくなりたい日本人気質をくすぐるスクール展開が功を奏しているのかもしれない。
星野氏のなめらかな口調が時間を忘れさせ、最後に「まとめ」をしてくださったので、列挙してみよう。
・今なぜ温泉旅館再生か?
・日本の観光産業のポテンシャル
知名度、交通、安全
・国内要望の安定性
・温泉旅館は国民性に根ざしたベストセラー
・In-boundの成長性
温泉旅館の世界的な価値
日本独特の文化
・産業としての重要性
雇用、農業、地場産業
“日本の観光をやばくする!”
星野氏は55分で基調講演を終え、その後持ち時間をはるかに越して3名のICG会員の質問に快く回答してくださった。
それは、コンサルタントに対して個別コンサルを丁寧に施してくれるまさにプロ中のプロであると驚嘆した次第である。
一同満足感に浸り、まさに研修さながらの誠に充実した記念講演であった。
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支部長 簾内俊幸
本日(4/5)ICG(国際コンサルタンツグループ)第33回定時総会後にリゾナーレ小淵沢「音楽の森ホール」にて記念講演が開催された。
(株)星野リゾート社長の星野佳路氏を講師にお招きし、『リゾート再生事業への挑戦』というテーマで講演していただいた。
星野氏はNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』に第1回目のゲストとして出演され、以後マスコミの取材にひっぱりだこの御仁である。
その人気経営者からリゾート再生事業の神髄について拝聴できるチャンスに感謝したい。
さて、これから星野氏が当日会場のスクリーンに映し出されたコンテンツを交えて、実際に語られた言葉を要約していくことにする。
<星野リゾートの歴史>
第1期(1904~1937) 軽井沢形成期
1887年アレキサンダー・クラフト・ショー宣教師が軽井沢に初めて別荘村を建設したのが、わが国でのリゾート開発の始まりであると説明された。
株式会社星野温泉(現星野リゾート)は1904年創業で、星野佳路氏は4代目の社長である。いろいろな著名人が軽井沢の地を訪れており、星野氏の祖父は内村鑑三氏の影響を受けている。
大正15年のことである。T型フォードで内村先生をお迎えしたときの社員の運転が少々乱暴だったことから、その日の夜祖父は内村先生から突然『成功の秘訣』を手渡されたそうである。
その第3条に「急ぐべからず。自動車の如きもの、なるべく徐行すべし」とある。
その頃から軽井沢高原教会での特別礼拝が行われるようになり、今では「星野遊学堂」で日曜日毎に礼拝が行われている。
第2期(1938~1951) 戦争と復興の時代
当時疎開していた人たちが軽井沢に別荘を持つに至った。
1978年に小野ヨーコ氏と撮った写真を披露し、星野氏が高校時代、自転車の前に子供を乗せて走っているジョンレノンを見たエピソードを語ってくれた。
第3期(1952~1975) 別荘文化全盛期
この頃から皇室の方々が別荘地として度々訪れるようになり、絶大なる広告宣伝効果があったことは言うまでもない。
第4期(1975~1991) 日帰り観光の盛衰/海外旅行時代
やがて軽井沢は一部の富裕層から一般大衆向けの日帰り観光地へと変貌を遂げていく。
氏曰く、「この時代、軽井沢を観光地として最も評価してくれたのは熊でしょう」
これは年間800万人もの観光客が落としていったゴミを漁りに月ノ輪熊が山から下りて来たことを意味し、これに呼応して猟友会のメンバーが熊を撃ちに続々集まって来たそうだ。
まず海外旅行に移行したのは富裕層で、ステータスとしての観光地に疑問を投げかけていた。
ところが、為替相場が1ドル360円の固定相場制から変動相場制に切り替わり、円高に成るに連れ人々が海外旅行にシフトしていったのだ。さらに直航便の登場で拍車がかかり、今ではハワイ旅行は30年前のパッケージ価格の10分の1ほどである。
日本の国内観光旅行は減少の一途を辿った。日本人が年間1700万人海外に出ているのに対し、外国人が日本に来るのは700万人に過ぎない。これが“日本の観光の貿易赤字”と言われる所以である。日本の観光が2流、3流と言われていることが歯がゆい。
OHPで「宿泊観光市場の推移」「日本人海外旅行者数の推移」のグラフから、日本の観光業の世界ランキングは32位という低き順位であることの説明があった。
5大観光国はフランス、スペイン、アメリカ、中国、イタリアである。
星野氏によると、観光大国の条件は①国・文化の知名度、②交通アクセス、③安全だそうだ。
「日本食」という日本を代表する文化は世界中に伝播している。交通アクセスも便利で、特に地方空港の充実は目覚ましい。そして日本は世界に比べて安全な国である。
このどれをとっても日本は上記5大観光国よりも勝っている。にもかかわらず、なぜ日本が32位なのだろう。氏はこの疑問をこう分析している。
第5期(1992~) 「リゾート運営会社への変革」
「観光宿泊・産業の課題」として、星野氏は先に掲げた日本の観光業の低順位について、次の2点を指摘された。
1.資金調達
リゾート事業を取り巻くDeveloper(開発)、Owner(所有)、Operator(運営)、Lender(貸し手)の関係図の説明である。Ownerには投資も含まれる。
今まで日本の観光業は、開発・所有・運営を1つの事業体でまかなっていたが、これからは“所有と運営の分離”をすべきであると主張されている。
従来、地方でのパターンは、地銀から土地を担保に借入れ、その範囲内でしか開発できないので、このままでは国際競争力には勝てない。
海外のリゾート開発の方法は、投資家から資金調達をすることが最優先される。担保力は全く関係なく、戦略的投資思考のみで投資家の興味を惹くことが成功の秘訣である。
星野氏は1991年に㈱星野リゾート社長に就任してから、ゴールドマン・サックスとの提携や共同会社「HGSマネジメント」設立と、次々とエネルギッシュに新たなリゾート運営の足固めをしていった。
星野リゾートのコンセプトは“リゾート運営の達人”であり、まさに「運営」に特化した戦略を打ち立てているのだ。
2.生産性
次に星野氏が指摘しているのは「生産性」である。
「第3次産業労働生産性 国別比較」で見ると、日本の生産性はアメリカの62%である。
なかでも日本の旅館業の生産性は特に低い。多くの労働投入量時間に対しわずか20%の生産性となっている。
星野氏が改革に踏み出そうとすると、必ず抵抗勢力が現れる。例えば星野氏自身に好感を持っている人でも外資(ゴールドマン・サックス)がバックに控えているしなあ・・・とか、旅館業の運営の仕方をいじろうとすると、いったい日本のホスピタリティを何と考えているんだ・・・などと批判されることも少なくない。
しかし、星野氏は怯むことなく独自の経営コンセプトを軸に「リゾート事業の再生」に邁進してきた。
日本の旅館業のベンチマーキング先を海外の宿泊施設に求めても、環境が違いすぎてあまり参考にならない。むしろ国内の製造業に目を向けるべきである、という氏の主張は興味深い。
製造業のノウハウの活用が旅館業の活性化に繋がるのである。
日産自動車は1950~60年代GMの1/20だった生産性を、現在世界のトップクラスの1/5まで高めたことを引き合いに出した。
氏は、生産性向上への取り組みを次のように実施している。
・コールセンターを沖縄に置き、星野グループの発注・連絡網を一極集中化した。
・フードプロダクションについても、衛生管理の徹底、仕入の一本化、仕込みの一括化など。
<リゾート運営のビジョン>
リゾートの達人になる仕組作りに余念がない。
海外のリゾートにあって日本のリゾートにないもの、それをいつも念頭におきつつ日本の温泉旅館の伝統を何とか活かせないかと星野氏は自問自答している。
星野や軽井沢は、開発・所有・運営を一手に行う従来リゾート型であるが、温泉旅館の改革を実行している。
・食事時間の自由化
・泊食分離(旅館で食事をしなくてもよい)
・24時間ルームサービス
・エネルギー対策(地熱暖房)
温泉旅館の人気理由は、①いい温泉、②魚がおいしい、③自然が豊か
しかし、これは全国すべてにあてはまるコンセプトなので、差別化にはならない。
といって、地方が東京をベンチマーキング(物まね)していると、地方の魅力を出せないことを氏は指摘している。
ここで、星野氏のユニークな発想が飛び出した。それは“通じない旅館”だ。
「青森弁しか使わない旅館にしよう。だってハワイではアロハしか言わないでしょ」
さすがに、これは社員からNGが出されたらしく、社長はそれを修正して「のれそれ青森」すなわち“もっと青森になろう”というコンセプトに変更した。
その他「じゃわめき広場」など、青森ねぶた祭りを毎晩挙行するといった地方色豊かな演出を考え実行しているのだ。
他の旅館と差別化するコンセプトのヒントは・・・
夏祭り・海の・方言・自然・山の・工芸・郷土料理・温泉・・・・とまだまだある。
そして、実際“所有と運営の分離”で成功を収めている事業の例として2005.11月ゴールドマン・サックッス共同提携の「古牧グランドホテル」などがある。
今や、こうした「所有と運営の分離」事業が、星野や軽井沢の売上・利益とも追い抜いている。
<リゾート再生事業>
巨大スキー場に新たなコンセプトで登場したのが、福島県の「アルツ磐
梯リゾート」である。
“Player Support”というコンセプトが「スクール」として具現化した。
“客は皆、上手くなりたいと思う”
・informationはトレーナー
・レンタルスキーはアドバイザー
・ボードができたらパークデビュー
・上達するための多彩なコース
・初心者には無料レッスン
・快適に過ごせる空間と食事
・競技指向者への本格的サポート
・地元のジュニアを幅広くサポート
・滑るたびに上達を実感できる仕組み
こうして、決められた「目標レベル」に達しない場合は、料金を全額返金するシステムも組み込んでいるのが驚きだ。
だからこそ、ただ大勢の前で紋切り型の説明をして歩合給(一度に多人数を集める方が効率的)を得るインストラクターたちの意識改革にも繋がるのである。
個人別に適確な指導をすることにより、うまくなりたい日本人気質をくすぐるスクール展開が功を奏しているのかもしれない。
星野氏のなめらかな口調が時間を忘れさせ、最後に「まとめ」をしてくださったので、列挙してみよう。
・今なぜ温泉旅館再生か?
・日本の観光産業のポテンシャル
知名度、交通、安全
・国内要望の安定性
・温泉旅館は国民性に根ざしたベストセラー
・In-boundの成長性
温泉旅館の世界的な価値
日本独特の文化
・産業としての重要性
雇用、農業、地場産業
“日本の観光をやばくする!”
星野氏は55分で基調講演を終え、その後持ち時間をはるかに越して3名のICG会員の質問に快く回答してくださった。
それは、コンサルタントに対して個別コンサルを丁寧に施してくれるまさにプロ中のプロであると驚嘆した次第である。
一同満足感に浸り、まさに研修さながらの誠に充実した記念講演であった。
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